7 扉の向こう
次の日の午後も僕はカブトムシ型の研究所に出かけていった。
昨日と同じように、受付の女の人に話しかけ、係の方はいますか?とたずねた。
実は今日、ゲート場の大勢の犬たちとここにやってきていた。犬たちまで同伴すると、人目に着きやすいので、警備員の目をごまかすために、森の茂みの中に隠れてもらっていた。
警備にスキが出たら、中に侵入する作戦だ。アフガンハウンドがしっかり指揮をとるだろう。
受付で十分ほど待たされて、ぼくはある部屋に通された。
そこには、モデルさんのようにすらりとした美人の女の人がいた。
僕は思わず息をのんだ。さっきの人と同じ制服なのに、全然オーラが違う。。
「あなたがうちの会社を見学にきた小学生ね。どこから案内しようかしら」
僕はウィンキーの写真を見せようとした。でも途中で止めた。
こんなことして、簡単にウィンキーと会わしてくれるわけがない。
「何か実験みたいなのが見てみたいな。動物実験かなんかやってないかな」
女の人の表情が一瞬くもった。苦笑いしながら、ぼくに言った。
「そういう実験がないこともないけど、別に面白くもないと思うわ」
ほう、やっぱりそういう実験があるんだ。
僕は自分でも不自然なくらい爽やかな笑顔を作って、女の人に両手を合わせてお願いした。
「小学生の言ってることですから、柔軟に対応していただけないでしょうか?」
すると、女の人はクスっと笑ったかと思うと、突然プイッと後ろを向いて、部屋を出ていこうとした。
あれ、怒らせちゃったのかな。
「上の人がうるさいの。見るんだったら早くしてちょうだい」
女の人は、ドアを開けて手招きをした。 僕はほくそえんで女の人の後についていた。
それから女の人は次々と研究室を案内してくれた。
研究室のどの部屋にも数匹の犬がいた。まぁ、ペットフードの会社だから、それは当たり前と言えば、当たり前だけれど…。
ひどく痩せている犬。逆にこれ以上太れないんじやないかと思えるようなまん丸い大。 電動ウォーカーで走らされている犬。うずくまったままびくりとも動かない犬などがいた。
そこで見た犬たちは、とうてい幸せそうには見えなかった。
色々見ているうちに、ぼくは犬たちとの作戦が失敗してることに気付いた。
外にいる犬たちに中の様子を伝える手段がなかったのだ。
わんダフルは、ぼくが持ってる一個っきりだ。
しょせん小学生と犬の考えた作戦だ。
こうなりゃ、なるようになるしかないのさ。
女の人はどんどん先へ進んでいく。
けれど肝心のウィンキーの姿はなかった。
ぼくは女の人の目を盗んで、わんダフルで研究室の中の犬たちと会話することを試みた。
しかし、声を大きくできないし、研究室の犬たちはかなり弱っている様子なので、コンタクトをとるのは難しい。
やがて女の人が急に立ち止まった。
「ねぇ、ぼく。 私が案内できるところはこれぐらいなの。悪いけど、ここまでで学校のレポートをまとめてくれない?」
トイレに行きたくなったのか?まだ30分もたってないぜ。
こういうのを「突然の打ち切り」というんじゃなかろうか。
「まだ何かたずねたいこと、ある?」
ちくしょう、帰れるもんか。まだウィンキーが見つからないじゃないか。
ぼくはけんめいに場つなぎの質問を考えた。
「たとえば犬の脳を刺激して、食欲をコントロールできるとか、そういう研究をこちらのほうでやってるって聞いていたんですけど、そのへんを詳しく聞きたいんです」
女の人はギロリとぼくを睨んだ。
「どこでそんな話を聞いたの?」
「えっ、テレビで観たんだけど」
女の人はぼくの腕をつかんで、足早に廊下を歩き始めた。
ぼくは引きずられるようにして玄関へ連れ出された。
ちくしょう、このまま追い出されたら、もう二度とここに出入りできなくなる。
ぼくは勇気を出して、女の人の手を振り払った。
そして建物の奥に向かって、いちもくさんに駆け出した。
女の人の金切声が聞こえ、すぐに警備員が追いかけてきた。
とりあえず二階のトイレにかけこんで、足音がしなくなるのをまった。
足音は遠ざかったり近づいたりしていた。5分ぐらい足音が続いて、やがて元通り静かになった。
ぼくは恐る恐るトイレを出た。
それから廊下の物影づたいに、二階を歩き回った。
二階には一階ほど実験室らしい部屋は見当たらなかった。どちらかというと倉庫の雰囲気に近かった。
ぼくは少しがっかりした。
それでも、きちんと探索しておかないと、後で後悔するかもしれない。ぼくは通路の奥へとどんどん進んでいった。
やがて通路は行き止まりになった。
行き止まりの壁には、巨大な鉄の扉が立ちふさがっていた。
ひどく重たいドアだが、カギはかかっていないようだった。
ぼくはこん身の力をこめ、ドアを引っぱってみた。
するとほんの数ミリだけドアが開いた。
その隙間から、生暖かい空気が流れ、小さな物音が聞こえてくる。
ぼくは耳をすませ、その音を聞き入った。
そうしているうち、ぼくの胸ポケットにあるわんダフルがピピッと反応した。
まちがいない。扉の向こうに犬たちがいるのだ。
ぼくは扉を開こうと、ドアの取っ手をにぎりしめ歯を食いしばった。
顔を真っ赤にして頑張ったが、扉はほんの少ししか開かなかった。
それでも体を横にすればなんとか向こうに抜けられそうだ。
扉のすき間から体を引き抜くようにして中に入った。
ほとんど真っ暗だったが、やがて目が慣れてきて、中の様子がわかるようになってきた。
つづく
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